歴史的には、微分に比べて積分の方がはるかに古く、
概念そのものも素朴なものである。
歴史の順序、必ずしも教育的とは限らないのではあるが、
もう少し積分の純朴さに配慮した説明の仕方があってしかるべきだし、
数学的にも意味のあることである。
一例をあげれば、「微分の平均値の定理」は、
そのままの形では、ほとんど使われることがない(使う必要がない)のに対して、
「積分の平均値の定理」の考えは、
さまざまな評価テクニックとしてなくてはならないものである。
こういった点を考慮して、ノートでは、 微分の説明と積分の考えがほぼ交互に出てくるように意図的に配列した。 「微分のことは微分でせよ」という寒ーいジョークを言っている場合ではない。 逆三角関数の微分の公式は、積分計算のためにこそあるのであって、 即、積分の計算練習をするべきである。 公式を忘れた頃に、積分の公式云々というのは、 意地悪しているとしか思えない。 平均値の定理、テーラーの定理についても、積分によるものを採用した。
一方、省いたものの代表例としては、極限計算における
ロピタルの方法が挙げられる。
(ロピタルの定理と称されることが多いが、
そのようなおおげさなものではない。)
しばしば、極限は、ただ計算できればよいというものではなく、
そのスピードまでもが問題となる。
そういった無限小解析の本質に迫る問題を扱うには、
テーラー展開に基づいた無限小量の程度の比較が避けて通れない。
テーラー展開では処理できない場合は、大抵の場合、
無限大のスピード比較として、
対数関数、冪関数、指数関数の増大度の違いを理解しておけば十分である。
むしろ、こういった基本的な関数については、感覚的に慣れ親しんでおく必要がある。
広義積分については、通常の積分との違いを強調しすぎるよりは、
絶対積分可能な場合に限定して、
あっさりと計算してみせるのがよいだろう。
フレネル積分とかの「悪い」広義積分もあるにはあるが、
あまりにも「異常」といった説明のしかたは、
かえって本質を見失わせるおそれ無きにしもあらず。
むしろ、関数の増大度のスピードとの関連で、
ガンマ関数の漸近評価(Stirling の公式)を1変数微積分の目標としたい。
ここでも、積分の説明を微分よりも前に配して、
重積分(これは、素朴には体積の計算にすぎない)の説明からはいる。
ひとつには、ガウス積分の計算を手っ取り早く出したいがためで、
このためには、積分の変数変換すら必要ではなく、体積の素朴な計算と、
1変数の典型的な(広義)積分だけで十分である。
(もちろん、厳密さには目をつぶった上で。)
これは、統計学における推定・検定を取り扱う上で必要になり、人によっては、
これだけで十分ということもあり得るからである。
こういった大切な計算を、授業の最後の最後になってやっと出してくる
(時には省略の憂き目に遭わせる)ようでは、大抵の場合、遅すぎる。
さて、こういった作業を通して二変数にも慣れたあたりで、 偏微分の説明に入る。偏微分の順序交換可能であることの証明は、 重積分の平均値の定理を経由して導きだす。 たしか、Lang の本の演習問題に書いてあった方法と思う。
偏微分において最大級の重要度のものは chain rule であって、 伝統的な「全微分」は、その一つの解釈・意味くらいに思っていた方が、 わかりやすい。むしろ、微分とは1次近似式だというとらえかたが大切である。 これは、数学者の間では、とっくに常識のはずにもかかわらず、 なぜか説明が不十分な教科書が未だに多いのはどうしたことか。 この1次近似式の考えがわかれば、写像の微分の意味も明らかであるし、 あるいは変数変換におけるヤコビアンの把握も難しくはない。
ヤコビアンの意味がわかったら、即、重積分の変数変換をやるべきである。 「広義積分」も、あまり神経質に区別せずに、ガウス積分を再計算する。 こういった大事なものは、繰り返し説明するのがよい。
積分の変数変換が出てきたついでに、 微分作用素とその変数変換についても言及しておくのが親切というものである。 普通、微分作用素らしきものの説明は、テーラーの公式の前で、 申し訳程度にされるものであるが、このような大事な考えは、 もっとしっかり解説される必要があるし、応用上は、 その変数変換まで説明しておくべきである。 そもそも、微分作用素の変数変換の説明が大抵の本には載っていなくて、 これも困ったものである。 「数学科」では、多様体の授業とかで、 この辺をカバーしているのかもしれないが、 そんな悠長なことでは、利用する立場の者にはたまったものではない。
ついでにいうと、多変数の場合、テーラーの公式は書いてみても、 役に立つのは二次までの部分で、一般の公式を書き下してもしようがない。 このあたりの事情は、 具体的な級数展開と密接に結びついている1変数の場合との大きな違いで、 本質的に多変数でなおかつ基本的な関数というのは見つかっていない、 と言いきってしまおう。
さて、二次の近似式とくれば、(特異点における)ヘッセ行列である。 これについても、なぜか説明のない教科書がほとんどなのは困ったことである。 二変数特有の判定結果だけを書いてもしようがないのではないか。 (使い道があるのだろうか?) これは、線型代数と微積分を(お互いを無視して) ばらばらに教えていた(いまも?)ことの名残りか。
ということで、ノートでは、ヘッセ行列をメインに出して、 二次近似式の意味ををはっきりさせ、 行列の固有値の符号による判定条件を目標とする。 これに比べれば、普通どの教科書にも書いてある二変数固有の判定条件は、 二行二列の行列計算の簡単な演習問題にすぎない。
次は、陰関数である。これについても、存在定理だけを
(しかも二変数の場合だけに通用する方法で)
詳しく証明してみてもしようがなかろう。
陰関数の微分計算にしても、
合成関数の微分公式の特殊な用法に過ぎず、
「公式」などと名乗るのはおこがましい限りである。
むしろ、等高線・等曲面といった幾何学的な意味を知ることが、
はるかに重要であるし応用範囲も広い。