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行列の対角化


行列 $ D$ で次の形のものを対角行列 (diagonal matrix) とよぶ。

$\displaystyle D =
\begin{pmatrix}
\lambda_1 & 0 & \dots\\
0 & \lambda_2 & \dots\\
0 & 0 & \ddots
\end{pmatrix}.
$

与えられた $ n\times n$ 行列 $ A$ に対して、逆をもつ行列 $ P$ を適当に選んで $ P^{-1}AP$ が対角行列になるようにする操作を行列の対角化 (diagonalization) と呼ぶ。 対角化の直接の御利益は冪の計算が簡単になること。

対角化の行列を見つけるために、$ P$ を縦割りにして $ P = ({\overrightarrow x}_1, \dots {\overrightarrow x}_n)$ と表すと、 $ AP = PD$ という関係は

$\displaystyle A {\overrightarrow x}_j = \lambda_j {\overrightarrow x}_j, \qquad
j=1, \dots n
$

となる。 そこで、行列 $ A$ に対して、ベクトル $ {\overrightarrow x}\not= 0$

$\displaystyle A{\overrightarrow x}= \lambda {\overrightarrow x}
$

なる関係をみたすとき、 $ {\overrightarrow x}$固有値 (eigenvalue) $ \lambda$固有ベクトル (eigenvector) とよぶ。


定理 8.1   行列 $ A$ の固有値 $ \lambda$ は方程式(固有方程式, eigenequation, という)

$\displaystyle \vert tI_n - A\vert = 0$

の解である(左辺を固有多項式という)。

証明. 定理 7.4 による。 $ \qedsymbol$

命題 8.2   行列 $ A$ の固有多項式 $ f_A(t) = \vert tI_n - A \vert$ は、

$\displaystyle f_A(t) = t^n - (a_{11} + \dots + a_{nn})t^{n-1}
+ \dots + (-1)^n \vert A\vert
$

という形の $ t$$ n$ 次式であり、相似変形で不変である。

$\displaystyle \vert tI_n - P^{-1}AP \vert = \vert tI_n - A \vert.
$

証明. 行列式の完全展開式

$\displaystyle \vert B\vert = \sum_{\sigma} \epsilon(\sigma)
b_{\sigma(1),1} \dots b_{\sigma(n),n},
\qquad
B = tI_n - A
$

で、$ t$ が含まれる因子は対角成分 $ b_{11}, \dots, b_{nn}$ のみであるから、 一箇所でも対角成分でない因子が現れると、その項には他にも対角成分から はずれる因子が現れることになり、そのような項に含まれる $ t$ の次数は $ n-2$ 以下になる。従って、 $ \vert tI_n - A\vert$ の中の $ t^n$, $ t^{n-1}$ の係数は 対角成分の積

$\displaystyle (t-a_{11})(t-a_{22}) \dots (t-a_{nn})
= t^n - (a_{11} + \dots + a_{nn})t^{n-1} + \dots
$

の中に含まれるそれと一致する。 $ \qedsymbol$

定義 8.3   行列 $ A$ の固有値 $ \lambda_1,\dots, \lambda_r$ を使って、 固有多項式を

$\displaystyle \vert tI_n - A \vert = (t-\lambda_1)^{m_1} \dots (t-\lambda_r)^{m_r}
$

と因数分解するとき、$ m_j$ を固有値 $ \lambda_j$重複度 (multiplicity) という。


定義 8.4   行列 $ A$ の固有値 $ \lambda$ に対して連立1次方程式 $ (\lambda I_n - A){\overrightarrow x}= 0$ の解空間を固有値 $ \lambda$固有空間 (eqigenspace) と呼び $ V_{\lambda}$ と書くことにする。


命題 8.5   行列 $ A$ の固有値 $ \lambda$ に対して、固有空間 $ V_\lambda$ の次元は、 $ \lambda$ の重複度以下である。


証明. 固有空間 $ V_\lambda$ の基底を補って全体の基底を作り、行列 $ A$ の 相似変形を行うと分解型の行列が得られるので、行列式の因子分解式を使う。 $ \qedsymbol$


定理 8.6   行列 $ A$ の異なる固有値全てに名前をつけて $ \{\lambda_1,\cdots,\lambda_r\}$ とする。 固有値 $ \lambda_i$ の固有空間の次元を $ d_i$、 その重複度を $ m_i$ で表す。 このとき $ A$ が対角化可能であるための必要十分条件は、 $ d_i = m_i$ for $ 1\leq i \leq r$.


証明. 対角化できれば、固有ベクトルからなる基底が存在するから、

$\displaystyle n\leq \sum_{i=1}^r d_i
$

これと $ d_i \leq m_i$ および $ \sum_i m_i = n$ と併せて、 等号の成立がわかる。

逆に、等号がなりたつとする。 $ \{{\overrightarrow x}^{(i)}_j\}_{1\leq j\leq d_i}$ を固有空間 $ S_i$ の基底とする。 これらを一列に並べると、等号成立の仮定から、$ n$ 個のベクトルの集団が 得られる。そこで、あとはこれが1次独立であることを言えばよい。 そのためには次の補題を使えばよい。 $ \qedsymbol$


補題 8.7   異なる固有値に属する固有ベクトルは、互いに1次独立である。

証明. $ \lambda_1,\dots, \lambda_r$ を異なる固有値とし、 $ {\overrightarrow x}_1,\dots, {\overrightarrow x}_r$ を対応する固有ベクトルとする。もし、

$\displaystyle {\overrightarrow x}_1 + \dots + {\overrightarrow x}_r = 0
$

が成り立てば、 $ {\overrightarrow x}_1 = \dots {\overrightarrow x}_r = 0$ である。 実際、 $ (A-\lambda_1)\dots(A-\lambda_{r-1})$ をかけると、

$\displaystyle 0 = (A-\lambda_1)\dots(A-\lambda_{r-1}){\overrightarrow x}_r
= (\lambda_r - \lambda_1)\dots(\lambda_r - \lambda_{r-1}) {\overrightarrow x}_r
$

から、 $ {\overrightarrow x}_r = 0$ がわかる。 $ \qedsymbol$

対角化の手続き

ステップ1
固有方程式を解くことにより、固有値を求めると共に固有値の重複度を調べる。
ステップ2
固有空間を連立一次方程式の解空間として実現し、 あわせて、固有空間の基底を求める。
ステップ3
ステップ2で求めた固有空間の次元とステップ1で求めた重複度が一致しない 固有値が一つでもあれば、扱っている行列が対角化できない。

そうでなければ、すなわち、全ての固有値に対して、固有空間の次元と重複度が 一致しているならば、各固有空間の基底をすべて並べることにより全体の基底 を得るので、対応する行列を

$\displaystyle P = ({\overrightarrow x}_1,\dots,{\overrightarrow x}_n),
\qquad
{\overrightarrow x}_j = \lambda_j {\overrightarrow x}_j
$

とおけば、

$\displaystyle P^{-1}AP =
\begin{pmatrix}
\lambda_1 & 0 & \dots\\
0 & \lambda_2 & \dots\\
0 & 0 & \ddots
\end{pmatrix}$

という形の対角化を得る。

行列の対角化の手続きで最も面倒な部分は、固有方程式を解く(固有値を求める) 部分である。行列のサイズが3以上の場合は、でたらめに選んだ行列に対してその 固有方程式は具体的には解きがたい。

よく本とかに載っている対角化の問題は、ではどうやって作るのかと言えば、 固有値と固有ベクトルを最初に与えてそれから、対角化する前の行列を 逆算するという「ずるい」方法を取らざるを得ない。

例題 8.8   与えられた固有値と固有ベクトルから、もとの行列を復元し、 復元した行列から逆に、上で述べた対角化の手続きに従って、 対角化を実行してみよう。

$\displaystyle \begin{pmatrix}
2 & -2 & -1\\
-2 & 3 & 1\\
-1 & 0 & 1
\end{pmat...
...2c\\
-6a+3b+3c & -4a+3b+2c & -2a+2c\\
-3a+3c & -2a+2c & -a+2c
\end{pmatrix}.
$

問 26    
  1. 上の例で、$ a$, $ b$, $ c$ に色々な値を代入して対角化の手続きを確認する。
  2. 行列 $ T$ およびその逆行列 $ T^{-1}$ の成分が全て整数となるような 行列はどのようにして作り出せるか考えてみる。 (ヒント:基本行列の場合に考察してみる。)

2行2列の行列については、固有方程式が2次方程式になることも あって、全てのことを完全に記述することが可能である。 例えば、

$\displaystyle A =
\begin{pmatrix}
a & b\\
c & d
\end{pmatrix}$

と置いて、その対角可能性について調べてみよう。

まず固有方程式は、

$\displaystyle \begin{vmatrix}
t - a & -b\\
-c & t - d
\end{vmatrix}= t^2 - (a+d)t + ad - bc = 0
$

となるので、これが異なる二つの解をもてば対角化可能となる (何故か)。

そこで対角化できない可能性のあるのは、重根 (multiple root)をもつ場合、 すなわち

$\displaystyle (a+d)^2 - 4(ad-bc) = (a-d)^2 + 4bc =0
$

でなければならない。 このとき $ A$ の固有値は、 $ \lambda = (a+d)/2$ のただ一つである。 したがってこのような行列が対角化できるのは、

$\displaystyle A = P
\begin{pmatrix}
\lambda & 0\\
0 & \lambda
\end{pmatrix}P^{-1}
= \lambda I_2
$

の場合、すなわち、$ a=d$, $ b=c=0$ のときに限る。

まとめると、$ 2\times 2$ 行列 $ A$ が対角化できるための必要十分条件は、 (i) $ A$ が単位行列のスカラー倍であるかまたは (ii) $ (a-d)^2 + 4bc \not= 0$、である。

例題 8.9   行列

$\displaystyle \begin{pmatrix}
a & b\\
-b & a+2b
\end{pmatrix}$

は、$ b \not= 0$ であれば、対角化できない。

問 27   上の例題で与えた行列の固有値と固有ベクトルを求めよ。

対角化の具体的応用例では、上で述べたような対角化そのものよりも、 固有値を固有ベクトルを求めたあとは、問題になっているベクトルを固有ベクトル の和で表すだけで済むことが多い。


\includegraphics[width=10cm clip]{laspring.ps}


という状況を考えて、質点1の変位を $ x$ で、質点2の変位を $ y$ で表し、 それぞれのばねのばね定数を $ a$, $ b$, $ c$ とすれば、運動方程式は、

$\displaystyle \frac{d^2}{dt^2}
\begin{pmatrix}
x\\ y
\end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
-a-b & b\\
b & -b-c
\end{pmatrix}\begin{pmatrix}
x\\ y
\end{pmatrix}$

となる。そこで、右辺の行列の固有ベクトル

$\displaystyle \begin{pmatrix}
-a-b & b\\
b & -b-c
\end{pmatrix}\begin{pmatrix}
u\\ v
\end{pmatrix}= \lambda
\begin{pmatrix}
u\\ v
\end{pmatrix}$

が見つかれば、

$\displaystyle \begin{pmatrix}
x(t\\ y(t)
\end{pmatrix}= f(t)
\begin{pmatrix}
u\\ v
\end{pmatrix}$

と置くことにより、

$\displaystyle \frac{d^2}{dt^2} f = \lambda f(t)
$

に帰着する。

問 28   三つのばね定数が共通の値 $ k$ に近いとき、すなわち $ \alpha = a - k$, $ \beta = b-k$, $ \gamma = c-k$ が微小量であるとき、 行列

$\displaystyle \begin{pmatrix}
-a-b & b\\
b & -b-c
\end{pmatrix}$

の固有値と固有ベクトルを求めよ。


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Yamagami Shigeru 平成14年12月23日