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内積とエルミート共役


この節の内容は標準的でどの本の記述も大差ないので、 各自で「教科書」に当って補っておいて欲しい。 もはや、残りのほとんどすべては自習で理解できるはずである。

量子力学では物理状態を「ベクトル」で表す。さらに2つの状態(=ベクトル) $ a$, $ b$ に対して確率振幅とよばれる複素数 $ (a\vert b)$ を対応させて状態 $ a$ から 状態 $ b$ への遷移確率が $ \vert(a\vert b)\vert^2$ で与えられるとする。

ベクトル空間の抽象化の必要性。 数列の作るベクトル空間 $ V = \{ x = (x_k)_{k \geq 0} \}$ 上の 線型作用素 $ D$ (階差作用素、difference operator、shift operator)

$\displaystyle (Dx)_k = x_{k+1}.
$

線型漸化式

$\displaystyle c_0 x_k + c_1 x_{k+1} + \dots + c_n x_{k+n} = 0
$

の解空間 $ S$ は、線型作用素

$\displaystyle c_0 I + c_1 D + \dots + c_n D^n
$

の kernel でもある。

例題 9.1    
  1. Fibonacci 数列の一般解の求め方。
  2. 定数係数線型常微分方程式の解の求め方。

ベクトルの性質。和とスカラー倍(複素あるいは実数倍)、ゼロベクトルの存在。 分配法則の成立。

例題 9.2    
  1. 周期的な数列の作るベクトル空間。 $\{ c = (c_n) ;\ c_{n+N} = c_n, n \in \text{\ym Z}\}$.
  2. エルミート行列の作る実ベクトル空間。 $ \{ A;\ A^* = A \}$.
  3. 有限閉区間上の連続関数の作るベクトル空間。

定義 9.3   内積 (inner product) の定義と性質。ノルム (norm) の定義。 直交 (orthogonal) という言葉使い。

例題 9.4   上記 (i), (ii), (iii) について自然な内積が存在する。

命題 9.5 (シュワルツの不等式、Schwarz' inequality)   内積空間(=内積が指定されたベクトル空間)において、不等式

$\displaystyle \vert(v\vert w)\vert^2 \leq (v\vert v) (w\vert w)
$

がなりたつ。

証明. 複素数 $ z$ と実数 $ t$ に対して、不等式

$\displaystyle 0 \leq (v+tzw\vert v+tzw) = (v\vert v) + t(z(v\vert w) + \overline z (w\vert v))
+ t^2\vert z\vert^2(w\vert w)
$

が成り立つ。ここで、$ z = (w\vert v)$ と選ぶと、この不等式は

$\displaystyle \vert(v\vert w)\vert^2(w\vert w) t^2 + 2\vert(v\vert w)\vert^2 t + (v\vert v) \geq 0
$

という $ t$ について2次の絶対不等式となるので、 その判別式条件から、

$\displaystyle \vert(v\vert w)\vert^4 - \vert(v\vert w)\vert^2 (v\vert v) (w\vert w) \leq 0
$

となって、これから求める不等式が得られる。 $ \qedsymbol$

例題 9.6    
  1. 複素数 $ z_1,\dots,z_n$, $ w_1,\dots, w_1$ に対して、

    $\displaystyle \left\vert
\sum_{j=1}^n \overline{z_j} w_j
\right\vert^2
\leq \sum_{j=1}^n \vert z_j\vert^2\, \sum_{j=1}^n \vert w_j\vert^2.
$

  2. 連続関数 $ f(t)$, $ g(t)$ ( $ a \leq t \leq b$) に対して、

    $\displaystyle \left\vert
\int_a^b \overline{f(t)} g(t) dt
\right\vert^2
\leq \int_a^b \vert f(t)\vert^2 dt\,
\int_a^b \vert g(t)\vert^2 dt.
$

行列のエルミート共役 (hermitian conjugate) の定義とその性質。 行列 $ A = (a_{ij})$ に対して、 $ A^* = (\overline{a_{ji}})$ と置き、 $ A$ のエルミート共役と称する。最も基本的な関係式が

$\displaystyle (v\vert Aw) = (A^*v\vert w),
\qquad v, w \in {\text{\ym C}}^n
$

であり、これから以下の性質が容易に導かれる。

ユニタリー行列 (unitary matrix) と エルミート行列 (hermitian matrix)、 直交行列 (orthogonal matrix) と 対称行列 (symmetric matrix)。

正規直交系(orthonormal system)・ 正規直交基底 (orthonormal basis) の定義と幾何学的解釈。

$ n\times n$ 行列 $ U = ({\overrightarrow u}_1,\dots, {\overrightarrow u}_n)$ に対して、

   $ U$ はユニタリー行列$\displaystyle \iff$    $ \{ {\overrightarrow u}_1,\dots, {\overrightarrow u}_n\}$ は正規直交基底

である。

例題 9.7    
  1. 3次のエルミート行列の形は

    $\displaystyle \begin{pmatrix}
a_1 & b_1 & c\\
\overline{b_1} & a_2 & b_2\\
\overline c & \overline{b_2} & a_3
\end{pmatrix}.
$

    ここで、$ a_j$ は実数、他は複素数を表す。
  2. 2次のエルミート行列の作る実ベクトル空間の基底として、 Pauli のスピン行列

    $\displaystyle \sigma_x =
\begin{pmatrix}
0 & 1\\
1 & 0
\end{pmatrix},
\quad ...
...end{pmatrix},
\quad
\sigma_z =
\begin{pmatrix}
1 & 0\\
0 & -1
\end{pmatrix}$

    を取ることができる。

例題 9.8    
  1. 行列

    $\displaystyle \begin{pmatrix}
\cos \theta & -\sin\theta\\
\sin\theta & \cos\theta
\end{pmatrix}$

    回転 (rotation) を表す。
  2. $ n$ 次の置換 $ \sigma = (\sigma(i))_{1 \leq i \leq n}$ に対して、 行列

    $\displaystyle U = (\delta_{j,\sigma(k)})_{j,k}
$

    はユニタリー行列である。 とくに巡回置換 (cyclic permutation) $ \sigma = (23\dots n 1)$ に対して、

    $\displaystyle U =
\begin{pmatrix}
0 & \dots & 0 & 1\\
1 & \ddots & \ddots & 0\\
0 & \ddots & \ddots & \vdots\\
\ddots & 0 & 1 & 0
\end{pmatrix}$

    である。

Remark    
  1. エルミート行列の和も差もエルミート行列であるが、エルミート行列の 積はエルミート行列になるとは限らない。
  2. ユニタリー行列の積はユニタリー行列となるが、ユニタリー行列の和は ユニタリー行列になるとは限らない。

命題 9.9    
  1. エルミート行列の固有値は実数。
  2. ユニタリー行列の固有値は、絶対値1の複素数。

問 29   二つのユニタリー行列 $ U$, $ V$ に対して、$ U+V$ が再びユニタリー行列に なるのはどのような場合か。

補題 9.10 (Schmidt の直交化)   与えられた正規直交系 $ {\overrightarrow u}_1,\dots,{\overrightarrow u}_m$ とこれと独立な(すなわち、これらの一次式で書けない) ベクトル $ {\overrightarrow v}$ に対して

$\displaystyle {\overrightarrow v}' = {\overrightarrow v}' - \sum_{j=1}^m ({\ove...
...rrow u}_{m+1} = \frac{1}{\Vert {\overrightarrow v}'\Vert} {\overrightarrow v}'
$

とすると、 $ {\overrightarrow u}_1, \dots, {\overrightarrow u}_m, {\overrightarrow u}_{m+1}$ は正規直交系をなす。

系 9.11   与えられた正規直交系 $ {\overrightarrow u}_1,\dots,{\overrightarrow u}_m$ に対して、それを 含む正規直交基底がとれる。


補題 9.12   任意の行列はユニタリ行列で三角行列に変形できる。

証明. 行列のサイズ $ n$ の大きさに関する帰納法。 サイズが $ n-1$ の行列に対しては正しいと仮定する。 いま、サイズが $ n$ の行列 $ A$ に対して、$ A$ の固有値 $ \alpha$ と その固有ベクトル $ {\overrightarrow u}$ を1組選び、 $ {\overrightarrow u}_1 = {\overrightarrow u}/\Vert{\overrightarrow u}\Vert$ を含む 正規直交基底 $ ({\overrightarrow u}_1,\lq dots, {\overrightarrow u}_n)$ を用意すると、

$\displaystyle A({\overrightarrow u}_1,\dots,{\overrightarrow u}_n) = ({\overrig...
... {\overrightarrow u}_n)
\begin{pmatrix}
\alpha & \cdots\\
0 & B
\end{pmatrix}$

という表示が得られる。ただし $ B$ はサイズが $ n-1$ の行列である。 こうして得られた行列 $ B$ に帰納法の仮定を適用すると、 サイズが $ n-1$ のユニタリー行列 $ V$ で、 $ V^*BV$ が(サイズ $ n-1$ の)三角行列となるものが存在する。 そこで、サイズが $ n$ のユニタリー行列を

$\displaystyle U = ({\overrightarrow u}_1,\dots, {\overrightarrow u}_n)
\begin{pmatrix}
1 & 0\\
0 & B
\end{pmatrix}$

で定めると、$ U^*AU$ は三角行列となってめでたい。 $ \qedsymbol$

定義 9.13   行列 $ A$ で、 $ AA^* = A^*A$ となるものを正規行列 (normal matrix) と呼ぶ。正規行列でないものは、「アブノーマル」とは呼ばずに、 非正規 (non-normal) という言い方をする。 エルミート行列、ユニタリー行列は正規行列である。

定理 9.14   正規行列はユニタリー行列で対角化できる。

証明. まず、 正規行列 $ A$ とユニタリー行列 $ U$ に対して、行列 $ U^*AU$ は再び正規行列に なることに注意する。

そこで、三角行列 $ B$ に対して、

$\displaystyle BB^* = B^*B \iff$   $ B$ は対角行列

を示せば証明が完了する。これは、直接計算してみるとわかる。 $ \qedsymbol$

Remark   ここでは、できるだけ手っ取り早い証明を与えたが、もっと自然な方法は、 行列が線型作用素の表示形式であることと、下の固有ベクトルの性質、 および直交分解を組み合せたものである。 「線型代数」(草場公邦)を参照。

次の固有ベクトルに関する正規行列の性質もきわめて重要である。

命題 9.15   正規行列 $ A$ に対して、
  1. $ A{\overrightarrow x}= \lambda {\overrightarrow x}$ ならば、 $ A^*{\overrightarrow x}= \overline\lambda {\overrightarrow x}$ である。
  2. $ A{\overrightarrow x}= \lambda {\overrightarrow x}$, $ A{\overrightarrow y}= \mu {\overrightarrow y}$ ( $ \lambda \not= \mu$) であるならば、 $ {\overrightarrow x}$ $ {\overrightarrow y}$ は直交する。

証明. (i) は、

$\displaystyle 0 = ((A - \lambda I){\overrightarrow x}\vert(A - \lambda I){\over...
...ambda I){\overrightarrow x}\vert(A^* - \overline\lambda I){\overrightarrow x})
$

からわかる。(2つ目の等号で、 $ AA^* = A^*A$ を使う。)

(ii) は (i) に注意して、

$\displaystyle \mu ({\overrightarrow x}\vert{\overrightarrow y}) = ({\overrighta...
...t{\overrightarrow y}) = \lambda ({\overrightarrow x}\vert{\overrightarrow y})
$

による。 $ \qedsymbol$

正規行列の対角化のステップ

ステップ1
固有方程式を解くことにより、固有値を求める。
ステップ2
固有空間を連立一次方程式の解空間として実現し、 あわせて、固有空間の基底を求める。
ステップ3
ステップ2で求めた固有空間の基底を Schmidt の方法で正規直交化する。
ステップ4
ステップ3で求めた正規直交系を固有値の種類だけ並べ、 ユニタリー行列を作るとそれが正規行列の対角化を実現する。

例題 9.16    
  1. $ A$ 型のエルミート行列の対角化。
  2. 回転の行列の対角化。
  3. 巡回置換のユニタリー行列の対角化。

次の命題は今までに用意した定理・方法を組み合せることで、 容易に示すことができる。

命題 9.17   実対称行列は直交行列によって対角化される。

問 30   何をどう組み合せるとよいのか考えて、証明にまとめる。

変数 $ x_1,\dots, x_n$ の完全2次式

$\displaystyle Q(x) = \sum_{1 \leq i, j \leq n} a_{ij} x_jx_j
$

$ x = (x_1,\dots, x_n)$二次形式 (quadratic form) という。 二次形式の係数行列 $ A = (a_{ij})$ は、対称性 $ a_{ij} = a_{ji}$ を要求すれば一意的に決まる。 係数がすべて実数の二次形式を実二次形式 (real quadratic form) という。

問 31   二次形式

$\displaystyle Q(x,y,z) = xy - 2 yz + 3 z^2
$

の係数行列を求めよ。

命題 9.18   与えられた実二次形式 $ Q(x)$ に対して、直交行列 $ T$ を適当に選んで、 変数変換 $ X = Tx$ を行うと、

$\displaystyle Q(x) = \sum_{j=1}^n \alpha_j X_j^2
$

とできる。ここで、 $ \{\alpha_j\}$ は係数行列の固有値を表す。

系 9.19   実二次形式 $ Q(x)$ の係数行列 $ A$ が逆行列をもつとき、
  1. $ A$ の全ての固有値が正数ならば、二次形式は正定値 (positive definite) と呼ばれ、$ Q(x)$ $x \in \text{\ym R}^n$ の関数として、 不等式

    $\displaystyle Q(x) \geq \alpha \Vert x\Vert^2
$

    を満たす。ここで、$ \alpha$ は最小の固有値。
  2. $ A$ の全ての固有値が負数ならば、$ Q(x)$ $x \in \text{\ym R}^n$ の関数として、 不等式

    $\displaystyle Q(x) \leq \beta \Vert x\Vert^2
$

    を満たす。ここで、$ \beta$ は最大の固有値。
  3. それ以外の場合は、$ Q(x)$ は、 $x \in \text{\ym R}^n$ の関数として、原点を鞍点にもつ。

問 32   上の問で与えた二次形式に変数変換を施し、その標準形を求めよ。

二次形式の標準形の応用例として、次の積分公式を挙げておく。

命題 9.20 (Gaussian Integral)   実二次形式 $ Q(x)$ が正定値であるとき、

$\displaystyle \int_{\text{\ym R}^n} e^{-Q(x)}\, dx = \frac{\pi^{n/2}}{\sqrt{\det(A)}}.
$

問 33   3重積分

$\displaystyle \iiint_{\text{\ym R}^3} e^{-x^2-y^2-z^2 +xy + yz} dxdydz
$

の値を求めよ。




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Yamagami Shigeru 平成14年12月23日