この「行列代数」という授業科目は、
線型代数のうちの行列と数ベクトルに関係する部分を
主として1年次生に提供するもので、理学系数学の基礎となります。
行列の計算、行列式の定義から始まって、連立一次方程式の理論、
固有値・固有ベクトルの基本的な運用にいたるまで、半年でカバーします。
内容が少し盛り沢山かも知れませんが、 こういった基本概念は今後繰り返し様々な形で現れるものなので、 その都度復習を行うことにより、 身につけていって欲しい、 そのためには早めにその全体像に接するのがよい、という趣旨からです。
目標は少し上の方に設定してそれに向かって努力することにより、 当初の目的が達せられるものです。 レベルを下げて易しくしたからといって、100%身につくものではありません。 基礎の科目は、色々な視点から繰り返し反芻することにより、 揺るぎない土台となっていくものです。
授業の進度に合わせて、この教材でポイントとなる項目、
あるいは「証明」の細部を確認していってください。
最終的には、この程度の自分用のノートが作成できれば理想的です。
教材の途中数カ所に、まとめのページと練習問題が入っています。
復習と理解度のチェックに役立ててください。
敢えて解答は用意しませんでしたが、書いた「答案」について、
コメントが必要でしたら、「オフィスアワー」などを利用してみて下さい。
さて、この教材で扱われている項目について少し詳しく見ていきましょう。
まず、具体的な行列および数ベクトルを専ら扱うので、 抽象的なベクトル空間とか線型作用素(線型変換)は、ここでは出てきません。 理論構成上の簡明さよりも、 実践的基礎を身につけるという点からの効率性を優先させました。
一方、内容対時間の制約から、行列式の導入に当っては、帰納的な定義を採用し、
実際の計算で必要となる線型性と交代性を強調する方法を取りました。
その結果、置換の符合の考えは、行列式が導入された後で、
少しふれるだけになりました。
より本格的には、
置換の作るいわゆる対称群の概念から出発すべきでしょうが、
そうすると、和の記号の抽象的な意味に直面することになり、
それが学習者の少なからぬストレスになるはずです。
同じストレスであれば、
行列式の実践的かつ本質的な性質である
線型性と交代性を前面にだすのが教育的であろうとの考えから、
上で説明したような構成になりました。
また、こうすることにより、
行列式の発見的意味も明確になるであろうという意図もあります。
(偶置換・奇置換の意味を確定させるには、
ある程度の説明が必要になるため、
「なんとなく決まっている」という雰囲気だけで、
ごまかしている本もあったりします。)
まあ、この辺は多分に趣味の問題でもあるので、
そして一通り終われば大差がないので、
自習の際には好きな方を選べばよいでしょう。
低次元の行列式については、その幾何学的な意味も重要で、 これについても、線型性・交代性との関連で理解しておくのが便利です。 具体的には重積分の変数変換の公式のところで必要になります。
さて、行列の概念は連立一次方程式の解法と密接な関係があり、
連立一次方程式の係数だけを並べて計算することにより、
連立一次方程式の不定解を基本となる解の「1次式」の形で表示する
という考えにたどり着きます。ガウスの掃き出し法と呼ばれる手法です。
これと、行列式の理論とを合体させることにより、
「行列代数における基本定理」
(斉次連立一次方程式が不定解をもつための必要十分条件は、
係数行列の行列式が零になること)が導かれます。
この定理の主張のうち、
不定解をもてば行列式の値は零、という主張の方は簡単なのですが、
逆の証明には、それなりの工夫が必要で、
この部分をどう処理するかで、
本の著者の個性が発揮されます。
(ここの部分がどれだけ分かり易く書いてあるかで、
その本の評価ができそうなくらいです。
下に挙げたものも含めて、
この辺が意外とルーズな本が結構沢山あり、困ったものです。)
ここまで辿りつけば、
固有値と固有ベクトルさらには対角化の問題を扱うのは、簡単で、
どの本の説明も大きな違いはないはずです。
固有値を(固有方程式を解いて)手で計算するということは、
応用上現実的ではありませんが、
問題にすべき対象を明確に認識しておくことは、
仮に数値的近似計算をするにしても、
押さえておくべきポイントとなるでしょう。
行列の対角化に関連して、対称行列の符号の考え方も重要です。 これについては、最初の見通しのところで、 2行2列の場合を説明しておきました。 2変数の極値問題のところで、必要になります。
半年で学ぶ内容としては、このあたりで十分のような気もしますが、 余裕があればさらに進んで、 内積が関係した線型代数に 駒を進めてみるのも悪くないかも知れません。 そのための簡単なまとめを最後に付け加えました。
以上が、この教材の(そして「行列代数」の)内容ですが、
ここで抜け落ちている部分は、当然のことながら、
線型代数の抽象的な扱いです。
内積の扱いにも関係しますが、
ベクトルを抽象的に捉えなおすことは、理論上も応用上も重要です。
そこでは、基底の概念が重要な役割をはたします。
基底と付随した座標の考えを使えば、
行列の計算規則は、線型作用素(線型変換)の合成規則に昇華されます。
さらには、関数をベクトルとして扱う関数解析や、
ベクトルの多成分化であるテンソルとか、
代数的にも幾何学的にも重要な概念へと発展していくのですが、
そういった、線型代数の「進んだ」部分は、
「行列代数」の続編である「線形代数」でカバーします。
より高度な応用を目指す方は、そちらにもチャレンジしてみて下さい。
この教材の内容に近いものとしては、「高木・高橋・中村」がありますが、
行列式の導入の仕方が異なります。
これ以外にも本は(多過ぎるくらい)沢山あるので、
図書館とか書店で比べてみて、好みにあったものが見つかれば
一冊くらい手元においておくのがよいでしょう。
Web を検索してみても、いろいろな情報を得ることができます。
(下手な「本」よりは役に立つかもしれません。)
とくに、海外のサイトにあるものは、同時に英語の勉強もできて
「二度おいしい」。
例えば,検索サイト google で、echelon matrix (階段行列)を調べると、
連立一次方程式に関連した様々な情報ページが見つかります。
利用しない手はありません。